web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

平日紀

 酒の買出しから帰ってきたマキとケイタはあまり興味がなかった。それよりか珈琲の方に気をとられていて、おそらくもう看板が残っているだけのストリップ小屋についてはつまらなさそうにチラ見した程度に語った。
 春から色々と忙しくなる。「小学校からの腐れ縁」。4人で旅行に行く予定が、結局3人になった。いつもの面子で行く旅行には気負いなどなく、オレは昼夜逆転の生活サイクルを戻せず、前日は一睡もしていなかった。昼寝している間に2人は酒の買出しに行く。
 土日の一泊二食で3人計二万円。浴場は多分温泉じゃなかった。ケイタとマキとオレは十七時になるやいなや一番風呂を目指したが、それは確かに一番風呂だったが、しかしお湯はまだぬるく、シャワーで体を温めて部屋に戻ってきた。部屋はドアがしっかり閉まらず、畳のあちこちが凹んでいた。遠くの廊下を行くと二階全体が揺れる気がした。3人は点滅する「失敗」の文字からなるたけ目を逸らし、腹の減ったことなどを同意し合っていた。
 夜が迫るにつれて宿泊客も増し、どうやら大学のサークルが来ている。二月の、シャッター商店街にある宿の、暖房の満足に効かない部屋の、マキとオレとケイタは、浮き足立った学生の混声を聞きながら、横寝をしてピーナッツをぽりぽり食べながら、“Perfumeの気になる子ちゃん”を観ていた。「女の子の声っていいよなあ」。マキは童貞だが、最近生まれて初めての彼女ができた。ブスだブスだと言うから、ケイタとオレはプリクラをせがみ、こないだドライブしたときに見せてもらった。ぜんぜんブスではなく、愛嬌のある笑顔がステキな子だったが、しかしたしかにマキの好きそうな顔ではなかった。だがむしろカワイイといってよいのではないかとケイタと思案していると、それはプリクラマジックだとまたひどいことを言った。それは照れ隠しでもなんでもなく、どうやらマキは本気でそう思っているらしい。だがマキは別段否定的な意味でブスと言っているわけでもないらしい。
 食事がすごかった。おかずの小鉢も沢山あり、それぞれ美味かったが、メインである鍋・刺身・カニの三品が物凄い量だった。次々運ばれてくる料理を見るたびに、ほかの客と間違えられているのではないかと疑いながら、オレとマキは缶ビールを開け、飲めないケイタはカニの脚と格闘していた。「おそらく食事に金がかかって、宿に温泉をひけなかったのだ」。ケイタはすぐに箸を置いて、とにかく食べるときに集中しない。だからカニのように、食べること以外の作業が多少あるほうが彼には向いているのだった。食べきれない刺身を見送ったのははじめてかもしれない。
 ケイタは実質的に彼女と別れた。3人が高校生のときに付き合い始めた彼女は、二つ下だったが、もう大学卒業目前で、内定先でバイトをしている。オレは一浪一留だから、ケイタの彼女と就活の時期がかぶっていた。旅行に来ているのでなんとなく普段と違う話を期待して、2人はケイタのことを根掘り葉掘り尋ねるが、特にこれといって目新しい話もなく面倒になってくる。ケイタはロースクールに通っているし、彼女は社会人目前だし、そういうことなのかもなとオレは言った。そういうことなのかもなとケイタも思った。マキはどういうことだと言ったが、笑って無視された。「童貞にはわかんねーよ」とからかい、話が終わった。
 布団の敷かれた部屋の、隅に寄せられた卓の上に酒とつまみを広げ、マキはウィスキーとサイダーでハイボールを失敗した飲み物を作り、オレは日本酒とコップを用意して、ケイタは時間をかけてくちゃくちゃポイフルを食べていた。おまえそういうのよく食ってるよな。マキとケイタが座椅子に座り、オレは布団に胡坐をかいて塩辛が欲しいと思っていた。こいつ別れたばっかだから口寂しいんだよ。いやらしいヤツだな。いやらしいエロチビだな。あちこちの部屋で宴会が始まっているようだった。学生たちはうるさいかと警戒しているが、今のところ特に面倒な声もなく、家族連れも来ていて、おばあちゃんも一緒で、ケイタがトイレに行ったとき、すれ違いざまに軽く会釈をした。おまえいつになったらセックスするの?彼女も処女なんだっけ?彼女も実家暮らしなんだよね。こないださあ「こないださ、ラブホ入ったんだけど、」。(つづく)