web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

午前9時。日本の春はまだ冷える。

◇新婚旅行から帰った翌日、風邪をひいた。二人揃って熱にうなされる。水曜日は自分のために、木曜日は妻の看病のために、二日会社を休んだ。

◇義姉家族が一時的に住んでいるマレーシアに、新婚旅行として一週間ほど滞在した。日本ほどではないけれど、かなりこの国の人も細かいところまで気をつける方だと思う。ので、どうにも外国に来たという感じがしない。というより、なんというか、このクアラルンプールという都市全体がファスト風土化しているような気がしないでもない。義姉家族に会いに来たようなものではあったが、一応新婚旅行ということで、パンコール・ラウト島というリゾートにも泊まらせて頂いた。ひとつの島全体をひとつのホテルが所有しているというこのリゾートもまた、マレーシア独特のもの、というよりは「世界の保養施設」と言った方が適切だと思う。

◇マレーシアの食事はどれも食べやすく、ほどよい香辛料がビールに合い、とても素晴らしい。が、一応イスラム圏なので、お酒は高い。飲んでいる人もあまり見かけなかった。車社会だというせいもあるかもしれない。

◇さて、僕らの新婚旅行には、実は甥っ子たちの面倒を見るという裏テーマもあり、特に4歳のちびっことは、朝から晩まで、そして夜寝るときも一緒だった。パンコール・ラウトのホテル滞在期間中に関してもそれは基本的に一緒だったが、しかし夜に関しては、二人だけの時間が保障された。気になるのは、普段あまり聞き分けのない4歳児が、夜になると、ものすごく素直に僕らをふたりっきりにしてくれることだった。義姉夫婦は、どのように言い聞かせていたのだろう。

◇その4歳の甥っ子が通っている幼稚園には、亀がいた。僕は昔からなぜか亀が好きだ。首を伸ばすときや泳ぐときに口元をへの字にする、小さな亀をおんぶする、不便そうな固い甲羅を抱えながら、手足や頭を前後に動かす。そういった仕草が好きだ。不都合なことが有ると、甲羅に閉じこもってしまうというのもいい。そのためにいつも重くて固い不便な甲羅を背負って歩いているのだ。
 自分たち用のおみやげに、僕らは木彫りの亀を購入したのだった。背中に子亀を背負った親亀の像。いや、親亀の上に乗っかる子亀の像だろうか。

◇帰国してから、今度は妻の実家で留守番をしている。義父母もバトンタッチでマレーシアに行ったからだ。ここには9歳になる犬、奈々がいて、元気いっぱいの甥っ子たちと走り回った後に彼女と散歩に出かけると、やけに静かな風景を感じられる。淡々とした充実感みたいなものが、白髪の混じり始めた彼女の背中から漂ってくるのが心地良い。