web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

平日紀2

(つづき)
 去年箱根に行ったときはオオサコが桃鉄を持ってきていたので、4人で朝四時までプレイし続けた。最初から最後までオオサコにボンビーがつき続け、いちいち笑い転げた。「先生が注意しにきたら最高だよな」。今年はゲームがない。
 もう営業していないと思っていたストリップ小屋は、シャッター商店街のはじのほうで、人知れず開いていた。ピンク色のネオンに照らされた路の中央で、猫が小魚を食べていた。マキはこの後のベタな展開を想像してニヤニヤしてしまう。もぎりの老婆が踊り子を兼ねるといったいかにもな事態への期待が、マキを旅行らしい昂奮に駆り立てるのだ。そんなに飲んでもいないのにかなり酩酊しているオレや、全く飲んでいないのに酩酊しているケイタも、老婆のストリップを見てもいいと思っている。
 マキはラブホに入ることに成功しながらも、挿入には失敗した。勃起していたが、彼女が緊張していたために、二人は童貞と処女のままラブホを後にしたのであった。酔ったオレがその話にしつこく食いついているのを横目に見ながら、ケイタも自分のはじめてのセックスのことを思い出していた。お互いに緊張しながらセックスをした場所は、ラブホではなくてあいつの部屋だった。大学受験のない高校三年。あいつは女子高の一年で、春だった。あれから二年後には大学受験、さらにその三年後には就活があり、この冬があけるとあいつは社会人になる。昔はあんなやつじゃなかったと言うのは情けない。が、ひとつひとつを乗り越えながらあいつは、あるいは、日々微妙に変化をしながらあいつは、とにかく大人になっていったのだ。俺は今も学生で、勉強だけを考える毎日が続く。こいつらはこんなときに酒を飲むのだろうか。酒を飲まないケイタはサッカーがしたいと思った。ボール持ってくりゃよかった。
 手書きで“受付”と書かれた表札の下に窓口があり、おじさんが中でスポーツ新聞を読んでいた。おいもぎりがババアじゃねえじゃねえかとがなりまくるオレを制しながら、マキが一応礼儀としておじさんに尋ねた。「若い子っているんですか。」「いやあんふふふ、若い子は、ねえ。ま、思い出にはなるよねえ。」「なるほど。思い出ですか。あれですよね、花車とかやるんですよね。」「お、お客さん詳しいねえ。」思い出かあ。いいんじゃね?思い出だってよ。いくか。「おいくらですか。」おじさんは予想外といった顔をしながら、ひとり3000円だが、誰が入るのかと聞いてきた。「え、いや、みんな行きますけど。」「はい。かしこまりました。ではひとり3000円になります。」急にあのおっさん敬語になったな。大口客だしな。聞くと罰ゲームとしてグループのひとりだけが入らされることもあるらしい。
 「最初ちょっとブルーフィルムが流れて、それからショーが始まりますんで。」客は3人の他になく、ステージが凸の字のようになっていた。ケイタとオレとマキはそれぞればらばらに座って、スクリーンに映ったおっぱいの小さな女優があえいでいるのを眺めた。マキもオレも酔っているのでかなりリラックスしていたが、ケイタは少し居心地悪く感じていた。何よりもケイタの座っているところは床が凹んでいて座りづらい。マキは彼女の尻にしかれているオレのことが少し気になった。こいつはストリップに来て彼女に怒られないだろうか。「この女優髪の毛多いな」。しかしどんな踊り子が来るのだろうか、3人は失笑気味に少し緊張している。
 舞台袖に居たケイタには、赤っぽい照明のなか、踊り子自らテープをセットしている様子がしっかり見えていた。それをオレに伝えようと思った瞬間、ムード歌謡がちょうどいい音量で流れ、3人は一生懸命細かく拍手をした。「よっ、よっ」。マキはこんな掛け声をしている自分に笑いながら、しかしできてしまう自分に驚いていた。踊り子は痩せた老婆で、髪の毛を後ろで結び、キャミソールというのだろうかシュミーズというのだろうか、豹柄のやつを着ていた。おそらく下着はつけていない。仮面ライダーの変身ポーズの途中までのように腕を振り、右手と左手をせわしなくゆらゆら動かしながら、ステージの上から話しかけてきた。「あんたらどっから来たの」どことまってんの?山景館です。ああ、あの商店街の裏んとこの。あ、はいそうです。学生?いや、ええっと、まあそんなとこです。学生じゃないの?いや、はい学生です。やっぱりね、当たるでしょ。はい。あたしそういうの当たるんだよ。すぐ戻るからちょっと待ってて。
 踊り子は手の動きを止めずに袖に退き、すぐにまた現れた。今度は長いもこもこしたマフラーのようなものを首から肩にかけていた。手はまだ同じように動かしている。あすこ犬いたろ?え、なんですか?犬、山景館。ああ、泊まってるとこの話ですか。犬いたろ?いや、ちょっとわかんなかったですね。いなかった?犬。いや、多分いなかったと思いますね。でっかいレトリバー、耳がたれたでっかい犬ね。ああ、知ってます。居たでしょ。いや、レトリバーを知ってるって意味です。え、何?いや、はい知ってます。犬ね、あすこの犬ね、まんこって名前なんだよ。ケイタはどう反応していいかわからないといった感じに鼻から強く息を噴き出しながら笑った。オレとマキはそういう冷ややかな笑い方はまずいと思った。あははは、ええ〜ホントですか?ホントだよ。やっぱりそれはメスなんですか?いや知らない。またケイタが冷たく笑う。でもまんこっていうんだからメスなんだろうね。そうですよね、あはは。オスなのにまんこじゃおかしいからね。そうですよね、おかしいですよね。オスにはまんこないんだからさ。はい、ないです。メスにはまんこあるんだからさ。はい。きっとメスなんだろうね。はい。だってそうだろ、オスにはまんこないんだからさ。はい。ケイタが手を叩いて笑った。踊り子はまた、すぐ戻るからちょっと待っててと言って袖に戻っていった。
 高校生のとき、よく駅前の白木屋で飲んでいた。その頃はケイタも酒に挑戦し、ほんの一口だけ舐めて苦いなどといって騒いでいた。そろそろオリジナルの曲を作ろうと話したり、こないだのライヴの様子を自画自賛したりしながら、気付くと話題は女の子のことになっていた。好きな子やヤリたい子の話。ぎゃあぎゃあ大声を出したくなるが、うるさいと店から追い出されるので頑張って小さくなった。体力が身体を持て余している。ひとしきり酔いが回ると店を出て、坂道ダッシュを競いながら公園まで一気に駆ける。誰かが知り合いの女の子に電話する。それを汗だくの体で聞く。季節の風を酔った体に感じながら、四季の違いを肌と匂いで覚えていったのだ。いつもの公園に桜が舞い、いつもの公園の葉が色づく。祭りの太鼓と、祭りに向かう人々の浮き足立った声を聞きながら、駐車場で飲みなれないビールを飲む。あるときオレが葉桜っていいよなと言うと、マキが頷いた。チャリ乗って葉桜の並木の下とか通ると最高なのな。
 踊り子は性器でタバコを吸ったり飛ばしたり、歌謡曲に合わせて笛を吹いたり、たこ糸を引っ張って3人の持った割り箸を折った。「あんたら開けてない缶持ってる?」缶ですか?缶はないなあ。マキは踊り子のテンションが下がるのを危惧した。「あ、じゃあ僕買ってきましょうか?」買ってきてくれんの?悪いね。しかし踊り子がお金を出す様子を見せないので、今度はオレが気を遣って財布をマキに渡した。マキ、缶コーヒーでお願い。
(つづく)