web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

午後3時。窓を開け、アイスキャンデーの青色を眺めている。

◇僕らの部屋は3階にあり、風通しがいい。

◇朝寝坊を楽しんで朝9時! 午前という貴重な時間帯が休日にも使えるのはなんとも嬉しい限り。

◇朝食後、近所の市民プールに行き、その間に妻は買い物など。帰りに待ち合わせして、本日オープンの中華料理屋へ。
 あまり僕らは外食をしないのだが、しかし外食をすると、その街に住んでいる実感がふつふつと湧いてくる。食事をするということは外のものを自分の内側に取り込むことなのだ。そして、食事はそれ自体を食べているのではなく、場所や人も同時に食べている。
 新婚旅行に出掛けた日の朝。八王子からバスで成田に行き、成田からマレーシアに飛んだのだが、機内食を摂るまで、僕はずっとバーチャルな気分だったのを思い出す。飛行機の中でプラスチックに包まれた容器が配られ、湯気に曇ったふたを開けた瞬間、自分が今空の上に居て、厚い雲を挟んだ遥か下の方にはコンビニやスーパーがあることを理解した。

◇妻は今、チキンナゲットと唐揚げの中間のようなものを作っている。バチバチと油が飛び散るフライパンに、平然と立ち向かって行く。

◇なにしろ古い建物に住んでいるので、水回りに少々難あり。普段から気をつけていないと、すぐに詰まってしまったりするし、なぜか異様に密閉性が高いので、黴びやすかったりもする。この季節は勝負どころなのだろう。
 そのせいか、気のせいか、蚊をよく見かける気がする。といっても、いわゆるヤブ蚊のように黒光りした躯を持ち、凶悪な顔つきで耳元を恫喝する種類ではなく、おそらくアカイエ蚊という少し儚げな種類の蚊だろう。色がなんだか弱々しく、可憐な趣きさえ称えるこの種類は鳴き声もまたか細い。脛にとまった蚊をたたき潰しながら、その死骸を少し見つめると、蚊を退治する達成感と同時に、奇妙な感慨を覚える。自分の中にある幼児性のようなものを投影していることに気付くのだった。

◇妻が揚げたこの料理は、唐揚ゲットと呼ぶことに決めた。手に保冷剤を当てている妻を見ながら、少量の油が飛ぶだけで「あちっ」と大騒ぎする普段の自分と比較してしまう。そう、けっして妻の皮膚が分厚いわけではなく、僕が甘ったれだというだけだった。