web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

午前1時。遠くの雨が駆けてくる。

◇やがて僕らの頭上を走り抜けると、秋の空気になっていた。

◇日曜日。八王子の神社で「泣き相撲」なる催しがあるということで、息子を出場させることにした。
 雨のなか受付を済ませると、妻と息子は祈祷のためにまた長蛇の列に並び、僕はビデオカメラを構えてテントで待つ。舞台の上ではどこかの相撲部の学生だろうか、白いマワシをつけたおすもうさんが四人並んでいて、それぞれ「泣き力士」たちを抱いて立っている。より激しく泣いた方が勝ちであるはずの泣き相撲だが、実際はほとんど、泣かせようとする行司となかなか泣かない力士との戦いである。行司が「はっけよい」と最初の声を挙げると、まずひとりふたり泣き出し、続けて「のこったのこった」と大声を張り上げながら、泣かなかった力士に迫っていく。最後まで泣かない力士も少なくなく、なかには満面の笑みで行司を眺める者や、最初から最後までおすもうさんの胸で眠り続ける力士まで居て、それぞれの将来を追って調べたい気にさせられる。取り組み毎に、泣きっぷりの良い力士に「優勝」が贈られ、最後まで泣かずに終わった力士には、声を嗄らした行司から「特別賞」が宣言されることがある。
 我が息子は取り組みまでの長い待ち時間に飽きてしまったらしく、ぐずるより先にしくしくと、既に小さく泣いていたそうだ。せんべいなどを食べさせながらなんとかやり過ごし、いよいよ大一番、妻の手を離れるや否や声を挙げて泣き出し、行司が第一声「はっけよい」と叫べば、負けじと声を高くした。息子の隣が「特別賞」狙いの力士で、行司はそこに向かって「のこったのこった」と気合いを入れるのだが、その声に息子は力の限り反応する。とうとう身をよじって反対側のおすもうさんの肩まで叩き、もはや「優勝」にしか興味がない様子であった。
 果たして息子は優勝し、我が家に戻ってからもその実力を余すところなく発揮している。