午前9時半。子に手を引かれる冬の道。
◇予報によると、土曜は朝から一日雨だという話だったが、まだ降り出していない。最近歩くことに楽しみを覚えた息子が玄関から靴を持ってくるので、雨の降り出す前に散歩に出掛けることにした。
八高線を間近に見ることのできる遊歩道を、僕の人差し指を掴んだ息子がぐいぐい歩いていく。時折電車が通り過ぎる以外は、もうすっかり冬の風が木々を鳴らし、その合間に息子の声が聴こえてくる。力をこめた瞬間に漏れるかけ声なのか、何かに向けた呼びかけなのかはわからないけれど、僕は勝手に息子の声に応答している。ダイアローグともモノローグともつかない「会話」である。
◇すごく久しぶりの水泳は、新調した水着で挑戦するはずだった。受付を通り、着替えを済ませ、入水前のシャワーを浴びて、準備体操をしながらゴーグルをはめると、なにやら右目の感触がおかしい。見れば右目部分だけパッキンが外れており、その瞬間、数日前に息子がゴーグルをひっつかんでかなり乱暴に遊んでいたことを思い出した。
なんだか塩素もキツく、水中で目を開けるとやたらしみるので、背泳ぎだけ10往復した。10往復で止めたのは、背泳ぎでは何度も人にぶつかるからだ。今日はもう泳ぐのを諦め、残り時間は水中歩行をすることにした。
昔読んだ空手の本に、水中で前蹴りをするトレーニングがあったことを思い出し、水中で移動稽古をやってみる。珍しく顔を水の外に出しているので、このプールに飛び交う会話が聞こえてくる。親子連れが三組の他に、男二人がプールサイドをあまり離れずに会話していて、どうやら一方がもう一方に泳ぎを教えているらしかった。
◇今年逃した日本語ラップのアルバムを集めているんだけれども、本当に最悪なことに、punpeeのソロだけが手に入らない。高値でも手を出すか迷っている。それにしても、今年はソロの多い年だった。
◇日本語ラップシーンで今年ちょっと流行ったものに、『徳利からの手紙』(→http://soundcloud.com/leetok/jktuuupba4cc)がある。@leetok氏が、自身のツイートをトラックの上に読み上げる/ラップしたもので、形式はポエトリー・リーディング的、内容は自虐ネタに彩られた青春讃歌といったところなのだけれど、これが色々なアーティストにリミックスされている。DKXO『徳利からの手紙 〜GANJA REMIX〜』(→http://soundcloud.com/decayxodus/ganja-remix)やtofubeats『徳利からの手紙(social distance mix)』(→http://soundcloud.com/tofubeats/social-distance-mix-tofubeats)など、ヴォーカル部分をカットアンドペーストしているリミックスを聴くと、それぞれがどのようなイメージで音をつけたのかがわかりやすい。というか、この一連の楽曲群は、イメージの道筋を明確にするゲームなのだと見てもいい。リミックスという手法が本質的に持っている側面を、よりわかりやすく強調したものになっている。
元ネタとリミックスの両方込みで出来上がっていく楽曲群全体が『徳利からの手紙』であり、元ネタへの評価は、その楽曲の完成度とは別に、新しいゲームの規範・ルールを作ってしまったという点からなされることになる。個々の楽曲の完成度よりもその差異に重きを置く態度とはつまり、リアルか否かを重視するヒップホップの姿勢のことである。
リアルというのを単純に表現するならば、手触りがあるということである。ある作品に手触りを感じるとき、作品の持つコンテクストと自分の持つコンテクストは摩擦している。両者に差異がない限り、そもそも手触り自体が意識されない。
◇録音技術は、ベストテイクの追求に用いられもするが、と同時に、量産によってそのテイクを複数化する。そこではまず「顕在化したベストはもはやベストではないのではないか」という疑念が提出され、完璧という不可能性を担保することで、あらゆるテイクは序列化されようとする。しかしその一方でまた「そもそもベストは唯一でない」という回答も用意されており、受け取り手それぞれにベストの追求を任せることも可能である。リミックスは、後者の流れにある。ベストテイクを目指す競い合いよりも、むしろそれぞれのテイクが生み出していく差異に注目しようとする試みなのである。
◇圧力鍋で骨まで食べられるぶり大根を作ると意気込む妻の横で、ブログを書いている。書斎と台所が同じ場所にあり、ふすま一枚隔てた部屋には息子が寝ている。ときどき雄叫びをあげるので、そうしたときにはふたりでそっとふすまを開けてなかの様子を伺う。毎晩の、大体0時頃の我が家の様子。
◇明日の文学フリマでは、『アラザルvol.8』が先行発売される。僕は自分の論考『ラッパー宣言』はお休みさせていただいて、クロスレビュー企画で、Moe and ghosts『幽霊たち』、『アウトレイジ ビヨンド』について書かせてもらった。前者については、年末にもう一度触れ直す機会があるかもしれない。