web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

午後4時半。水に浮く。

◇家族全員で水泳。初めての経験。

◇息子と私は、先月末頃に近所の市民プールに一度行っていた。今日はそこへ水着を新調した妻が加わり、三人で水泳を満喫した。息子はスイミングスクールの短期体験3日間コースで身につけた技術を見せたいらしく、水に入る/水から出る動作と、座ったままのバタ足、かべの伝い歩きを、得意げに何度も繰り返していた。しかしスイミングスクールの通常授業に通うかと訊ねると、ちがう!と短く答え、両親とこうやって週末に市民プールで泳ぐからいいのだと言う。
 短い間、私は妻に息子を任せ、500メートル程度泳いだ。妻はほんの少し、2〜3往復ほど泳いだ。息子は二の腕につけるタイプの浮き輪を使って、なんとなく水中を移動した。

◇木曜日は息子の入園式。人見知りを心配する両親の緊張が伝わったのか、息子も少しナーバスになっているようで、当日朝は出発時間が近付いてもなかなかプラレールを停めたがらず、大好きな制服も来たがらず、しかし幼稚園に行かないとは言わず、というなんとも複雑な気持ちが見えるようだった。結果的に彼の背中を押したのは、生まれた直後から一緒にいる「ベン」である。手を入れて動かすことのできるシロクマのぬいぐるみで、「ベアオ」という名前なのだが、いつのまにかベンと呼ばれるようになった。彼といっしょに幼稚園に行くのだと言い張る。こんなことを言うのは初めてである。
 登園途中、息子は「ベンを連れて外を歩くのははじめてのことだよ」とあらためて両親に語り、結局ベンを抱きかかえたまま、他の園児たちに紛れていった。先生もこういった事態はよく心得たものらしく、ぬいぐるみを抱えて両親と離れる息子を、慣れた調子で誘導していった。果たして式本番には、息子はベンと別れ、他の園児たちと電車ごっこをしながら会場に入ってくる。私の小さい頃とは似ても似つかないスリムな体型の息子は、おとなしく真顔を崩さずに式をつつがなく終えた。
 翌日金曜日は、もうベンの助けは借りずに、元気よく登園していった。見送った私は、無造作に床にうつぶせに置かれたままのベンを抱き上げた。

◇3月はアラザルメンバーの西田さん、諸根さん、黒川さんとともに作ったユニット「何某」の初ライヴがあった。東京と大阪で開催されるpre-の新作展示である。pre-は、これまたアラザルのほぼ全てのデザイン作業を一夜で終わらせる豪腕デザイナーとそのご主人が運営する服のブランドで、我々はそのライヴ中、pre-の新作を着て舞台に立つモデルでもある。対バンはju sei。何某のデビューを、pre-とju seiは温かく見守ってくれた。

◇電化をしない声というのは、音とその出所を分解しない。つまり言葉はそのまま距離であり、音として伝えることが、意味を伝えることよりも自然と前に来る。だがいま、録音や通信技術等も含め、電化を経ないまま、プリミティヴなままの声を鑑賞に晒そうとするとき、それは必ず電化を経た耳に聴き取られることを前提としなければならない。つまり、実体を持つ言葉が示す距離という側面に対して、それを無視しようとする耳と、あるいはそれに対して過剰な期待を寄せる耳と、いずれにせよ電化以前とは決定的に異なった聴こえ方をするはずの声として、それを提出しなければならない。それは結局、レコーディングマイクに向かうときの心境なのではないか。全ての耳を、レコーディングマイクに見立てて声を発していかなければならない。

◇何某のデビューしたイベントの前だったか後だったか。息子とふたりで遊んでいた公園に、自転車に乗った幼稚園の年長さんくらいの男の子二人組と、その後を歩いたりしゃがんだりしながら続く、彼らよりももう少し小さな子供たちの一団が居た。どうも弟や妹らしい。息子は彼らに目をやり、その弟妹たちが何かを拾っている様子を観ながら、何してるんだろうねえと私に訊ねた。この頃の息子は、こうやって何かを指して、それについて私や妻に訊ねるという行為自体がなにか面白くてたまらないようで、いまにも笑い出しそうな大声でそんなことを言う。妻から息子の人見知りを心配する声を聞いていた私は、息子の質問に直接答えることはせず、じゃあ何やってるのか訊いておいで、と返した。妻から心配されている息子は、しかしそこで、一番年齢が近いらしい男の子に向かって、相変わらず爆笑をこらえるような調子の声のまま「なにしてるの?」と走っていった。相手の迫力に気圧された男の子は、一瞬後ずさりするも、自分がやっていることの説明をするでもなく、なんとなく持っていた木の枝を貸してくれた。私にとっても、息子のこの行動はちょっと意外だった。私の知っている息子は、両親以外のほとんどの人とは、直接会話を交わそうとしないのである。
 木の枝を受け取って私のところまで戻ってきた息子に、今度は「ありがとう」と「いっしょに遊ぼう」を伝えるように言った。また息子が走っていき、遠くの方で息子が何かを話し、その一団に混ざって何かを散策し始める様子を眺めていた。少ししてから、彼らは亀を見つけたようだった。

◇Tyler, The Creator - Fucking Young