web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

午後7時。ひな人形をしまう。

◇ひな人形を出したばかりのときはみな大喜びで大歓迎だったが、しまうときはそっけないもんだった。

◇今度の会社は出社も退社も遅いので、定時あがりで大急ぎで帰っても、子どもたちが布団に入る時間にかかってしまう。そのタイミングで私が家に帰ると、眠りに落ちるか落ちないかだった子どもたちのテンションがまたぶり返し、お祭り騒ぎになってしまう。私は外で少し時間をつぶすことになる。だから平日、子どもたちと話すのはもっぱら朝になる。

◇帰宅後の私の楽しみは、一杯やりつつ、妻から子どもたちの話を聞くことだ。
 日中は、どうやら息子が妻の話相手をしているらしい。娘の食事の好き嫌いに悩む妻が、4月からの幼稚園生活を心配していると、息子はきっぱりと、大丈夫だよと言った。「自分で決めたことならできるんだよ」。息子にそういうところがあるので、その話には確かに説得力があるのだが、はたして。

◇兄の影響で、娘も習い事を始めたいらしい。兄は妹と連弾をしたいらしく、ピアノをおすすめするが、娘は日によって体操がやりたいと言ったり、空手がやりたいと言ったり、新体操がやりたいと言ったり、結構移り気だ。兄はおもちゃもおかしも、自分の欲しいものがなければ欲しがらないが、娘はとりあえず何かを欲しがる。習い事もまったくそんな感じになっている。色々ああでもないこうでもないと家族全員で話し合った結果、とりあえず春休みに、短期の水泳教室を体験してみることに決めた。水泳は水に顔をつけなければならないと知ったその日の晩、妻との入浴中に、娘は自主的に練習を申し出たのだった。

笑福亭松之助は、さんまの師匠であるということよりも、松鶴の弟弟子だという印象の方が強い。
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◇藝術という看板さえあれば、どんなことをやっても許されると思っている人たちがいる。この期に及んでイデアなるものを共有できると信じる人たちが言うならまだしも(それは単なる勉強不足だろうし)、現代美術においてこんな主張をしているのだから、今回の一件には非常に驚かされた。今回の一件というのは、会田誠氏の公開講座をめぐるあれである。
 まず今回の件に関して整理しなければならないが、女性が苦痛を覚えたのはたしかに会田誠氏の作品に触れた結果だが、訴えの矛先は講座の主催側である。この女性の主張に同意するかしないかについては別の議論が必要だろうが、そもそもこの訴え自体が、作品と鑑賞者の出会い方に対する訴えであるという点を見逃すわけにはいかない。

◇それはともかくとして、「すべての藝術作品には、普遍的で絶対的な美が宿っている」や「その絶対的な美を、すべての人間は平等に享受すべきである」といった主張に対し、それをある意味牧歌的だと捉えたうえで展開せざるを得ないのが、今日における表現である。20世紀までの、そして20世紀からの、あらゆる暴力を踏まえたうえでまだそんなことを言うのだとしたら、彼はきっと、人間というのを極めて限定的に捉えていくことになるだろう。「この作品をわかるやつだけが人間である」と。
 ぶっちゃけた話、件の女性を必要以上に激しく叩く輩は、結局そう考えているのだと私は思っている。作品によって苦痛を受けるというのは、よくあることだ。そして、苦痛は苦痛であり、そうした暴力が発生しないように努めるのが、いまのところ、私たちがギリギリ依って立つことのできる、わずかに残された‟人間性”である。

◇少しだけ話がそれるが、「人を傷つけない表現なんてない」という主張も、このときよく目にした。人を傷つけずに済む表現だっていくらでもある、というのがまず突っ込みどころなのだが、それはまあいいとして、人を傷つけてしまう表現があり、それをどのように展開すればいいのかについては、あらゆる議論が存在しているのは、日常生活を送るうえでの当然の認識だろう。公衆の面前でのヘイト表現から、職場のセクハラ・パワハラ問題、あるいは日常生活における会話の所作に至るまで、あらゆるレベルでこうした議論は起きている。これらの議論に触れようともせずに、「人を傷つける表現」を垂れ流しにして正義を主張する表現者様の、あからさまにナイーヴを気取った暴力に、ただただ辟易する。藝術だけが、人を傷つける表現の罪深さに真摯に向き合っているとでも言いたいのだろうか。そんなことを言う「表現者」という方々は、日常生活をどうやって送っているのだろうかと、本気で不思議に思う。

◇表現というのは尊い行為だろう。藝術は尊い行為によって成り立っている。しかし藝術外に存在するあらゆる営為にも、尊さはある。

午後3時。額に汗して寝息を聞く。

◇電車移動中、娘が一週間ぶりに昼寝をした。抱きかかえて歩いていると、春になったかのような心地がした。

青梅鉄道公園に行った。青梅駅から徒歩15分ほどの距離にあり、山の上にあるので心配したが、子どもたちはよく歩いた。つい先週まではすぐに抱っこをねだっていた娘も、自分の足でほとんど登り切ってしまった。こちらの都合で抱き上げてしまうと、かえって怒りを買うことになる。だから帰りの電車で眠ってしまったときは、ある意味ではチャンスだった。
 この日は青梅マラソンも開催されていたようで、私たちが青梅駅に着いてしばらくすると、駅舎の上にスタートかなにかを知らせる花火が鳴り響いた。鉄道公園までの道すがら、ふと下の景色を振り返ると、ランナーたちが次々と通りを走っていく様子が見えた。

青梅鉄道公園蒸気機関車の車両展示が豊富だった。特徴的なのは、ほとんどの展示車両が、運転席や機関士席などに座れるようになっている、ということだった。車両展示自体は他の鉄道博物館や交通公園などにもよくあるが、運転席に座れる展示車両はほとんどない。ミニSLのようなアトラクション的な乗り物ももちろん好きだが、息子はこういうところではいつも車両展示を一番楽しみにしている。おそらく、機関車の運転席に座ることができたのは初めてだった。夜寝る前に今日楽しかったことを尋ねると、息子はやはり、蒸気機関車の運転席をじっくり見れたことを挙げた。娘は、200円入れて2周するアンパンマンの遊具を挙げた。

◇ピアノを使って作詞作曲をする、というのが息子のこの週末のブームだった。工作などが好きな兄の影響なのか、色のついた紙を千切って袋につめて、粉末ジュースを自作する、というのが娘のこの週末のブームだった。

◇息子の作詞作曲遊びは、土曜日に従姉と遊んでいるときにはじまったらしい。新曲の制作を発注するとテーマがないと作れないと言うので、家では私がお題を出し、息子がそれについて曲をつくる。詞先とも曲先ともつかない感じで、大体言葉のシラブルがそのままメロディになる。話すことと歌うことがシームレスにつながっていて、アクセントや抑揚がそのまま音の高低になったりする。だから、メロディだけ聞かされても、お題と合わせて考えると、どんな歌詞がついているかをなんとなく当てることができる。作詞作曲遊びは、クイズの様相を呈していた。
 想像される詞とメロディの音数が合わない曲があった。答えを歌ってもらうと、詞はこちらが想像した通りのものだったが、最後に一音、純粋にメロディとして音を加えていた。そしてその音は、曲中唯一、2音同時に和音を鳴らしていた。

◇土曜日はいつも利用している書店で、赤坂憲雄氏と土方正志氏によるトークイベントがあった。土方氏は、赤坂氏の東北学関連の著作を数多く発表する版元「荒蝦夷」の編集。ご自身でも著作を多く持つ。イベント自体は東北学から武蔵野学へといった話になっていたのだが、東北に比べ、武蔵野を流動的と語っていたのが印象的だった。
 国木田独歩のいう「武蔵野の風情」とは、その時点ですでに外部の目線に晒されたものである。ある種のソフィスティケートされた自然の姿であり、抽象化されている。土地と人が分かちがたく結びつく場所ではなく、土地が一旦抽象化されるというのは、人が流動的な都市で起きる現象だ。武蔵野というのは、都市化された自然のことを指しているのではないか。

◇ちなみにこのイベントで知ったが、これ面白い。
http://ktgis.net/kjmapw/

◇ただ、個人的には武蔵野の雰囲気は、こちらの手に収まる印象が強すぎて好きではない。河川も山林も、人の手を介さない状態というのはほとんどないが、武蔵野くらいまで制御可能なものに変換されてしまうと、どうしても物足りなく感じてしまう。私にとって武蔵野は玉川上水だが、玉川上水に変換される以前の多摩川の方が、いつでも人を殺せる感じを漂わせている。

◇考えたら、動く赤坂憲雄は、『柳川掘割物語』のDVD特典で高畑勲と対談していた頃しか知らなかった。

ナンバーガール再結成。案の定、差別主義者になってしまったドラマーと組むのか、という声が噴きあがっている。私もつい、再結成の報を聞いて「ネトウヨは治ったのだろうか」といったツイートを反射的にしてしまったのだが、考えたらそれは人のご家庭についてとやかく言うことと同じだと思った。よその家族、よそのバンドメンバーの問題は、外からはわからない。周囲の人は周囲の人なりの接し方で身内の差別主義者と付き合っていく態度が求められる。仮に私の身内に差別主義者が出てしまったとして、暗澹たる気持ちを抱えながらも、しかし積極的に彼らとの関わりを作っていくべきだと、私は考えている。もちろんその反対に、身内だからこそ関わりを絶つべきだと考えることもできるだろう。そういった身内ならではの問題の抱え方は、外部からはなかなか理解できないものがあるはずだ。

◇Freddie McGregor『If Love Was to Die For』。
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午後6時。巻き簾で寿司を巻いている。

◇子どもたちのテンションがやたらと上がる。

◇息子は結構な量の太巻きを一気呵成に食べた。昔は食が細いと思っていたが、気付けばラーメンを一杯、普通に食べてしまう。
 娘は兄のテンションにつられて少しは食べたが、結局揚げ物ばかりを食べた。しかしいつもよりもよく食べた気がする。

はてなダイアリーを移行した。その作業の間に、何を書こうと思っていたのか忘れてしまった。

◇今度の四月には、息子は二年生になり、娘は幼稚園生になり、私はいよいよ家にいる意味がなくなる。2年間のフリーランス生活も終わり、今月下旬から再び会社員生活に戻る。とはいえ、仕事はフリーランス時代のものをそのまま引き継ぐので、やること自体はほとんど変わらない。実はもう一社悩んだところがあったが、結局はこの仕事内容の変わらなさを取った格好。

◇息子のピアノに付き合っているうちに、自分自身も割と左手がよく動くようになっていることに気づいた。いまだにヘ音記号の楽譜を読むのに時間がかかるが、息子の課題曲にはまだついていける。最近は自主的にyazooの『only you』を練習している。
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◇新しい職場は、少しアクセスが微妙だ。南武線を使うルートが一番いいらしいのだが、朝の南武線はあまり乗りたくないので、距離的には遠回りな渋谷経由を選択した。しかしその職場がよく見ると多摩川沿いであったことに気づいた瞬間、急に心理的距離が縮まった。いや、心理的ではなく、実際に30キロと離れていない。新宿よりも近く、近所の多摩川沿いの土手を行けば職場なのだ。そのとき、自転車通勤の線が頭に浮かんだ。

◇最近の息子との話題には、鉄道と川が頻出する。鉄道沿線に人が集まる様子に興味を持っている息子に、川は、鉄道以前に人を集めた「線」だったという話をすると、結構ウケる。

◇先週の水曜だったか、片付けるべき仕事が思ったより早く終わったので、思い立って羽村取水堰まで行ってきた。なんとか日没前の玉川上水の始まりを見ることができた。
 缶チューハイを飲みながら歩くには少し寒かったし、19時半には帰宅して息子のピアノを見ることになっていたので、私が歩いたのは羽村から福生までの一駅分だけになった。それでも玉川上水沿いはその始まりからしてすでに武蔵野の雰囲気を色濃く映しているように感じた。等間隔で植樹された人工的な緑道を歩きながら、ふと多摩川沿いの土手を思う。土手ではなく緑道がある上水・用水を、なんとなく自分は武蔵野だと思っている節がある。多摩という土地のなかにある素材から武蔵野というイメージが立ち上がり、それはしばらくすると土地そのものとは切り離される。ある種の都市的な、抽象化されたイメージをはらむ武蔵野。
 その少し前には、電車好きの息子と相談して、是政から武蔵境まで、西武多摩川線を制覇する旅に出ていた。その際、多磨駅から新小金井駅までアメリカンスクール脇や野川公園のなか、国際基督教大学横を通っていったのだけれども、あの雰囲気がすでに羽村取水堰から始まっている。
 それからこのときは、野川を渡る橋の下に、うちの近所の多摩川沿いにあるのと同じタグを発見している。

◇ちなみにこないだ、西武多摩川線車両を八王子駅で見た。他の西武線と接続されていない西武多摩川線は、車両移送の際は中央線を経由する必要があるらしい。もっとも、JR貨物の機関車にけん引された車両が、先日乗ったばかりの西武多摩川線の車両であることに気づいたのは、帰りの電車のなかのことだった。
 西武多摩川線は6駅しかない単線だけれども、競艇場があり、開催時はそれなりに混むらしい。競艇場前駅にはボートも飾られていた。この競艇場自体は、かつての砂利採掘で生じた大きな穴からできたわけだが、これは西武多摩川線が元々砂利輸送に使われていたことを意味している。多摩川の砂利は、東京周辺の鉄筋コンクリートの材料として使われるようになり、東京オリンピックが終わるまで採掘が続けられたという。

玉川上水といえば、多摩が東京に移管される原因としても知られているが、同時によく出てくるのが自由民権運動の話。神奈川における自由党の地盤は三多摩にあり、水源管理の問題にかこつけて、神奈川からの切り離しに遭って東京移管となった。そういえば多摩地域を話題にしたイベントに呼ばれた際、自由民権運動と多摩のつながりは五日市憲法という形になり、それが憲法改正が話題に上るようになった近年、皇后の目に触れたのだ、ということを黒幕こと長谷川Pから聞いた。皇后陛下お誕生日に際し(平成25年) - 宮内庁

◇かつての豪農や下級武士から、アメリカンスクール横田基地に至るまで、たしかに結構、複雑な場所ではある。中央に搾取される地方≒東京都下という構図がベタに成立する土地で、衆院選では旧民主党系が自民党系とつばぜり合いしている印象。競馬に競艇に競輪と、博打もいける。それもこれも、すべては川に集約される。

◇急には無理だろうけれども、クロスバイクでも買って、ゆくゆくは多摩川沿いを走って通勤できればと思う。そろそろ野蒜が採れるのも待ち遠しく、またオイカワも寒いうちに釣っておきたい。寒バヤと呼ばれ、味もいいらしい。

昨夜22時。いつまでたっても寝ない2歳児。

◇息子にもこういう時期があったなあと思うが、娘はいまもたっぷり昼寝をするので、兄よりもこの時期が長い気がする。
 しまじろうのお友達、とりっぴとみみりんとにゃっきのぬいぐるみを使って、いつまでも寸劇を続けているのだが、話の脈絡に関係なく、みみりんとにゃっきが死んでしまったという設定になって、寝たふりをしていた両親は思わずどきりとして目を開く。私はあわてて話に入っていき、医師の診断の結果、みみりんとにゃっきは寝ているだけだということにした。
 診察後にシールを配るかかりつけの小児科医をまねて、ご褒美にみみりんとにゃっきにラムネを配った。彼女らは起き上がってラムネを食べた。

◇子どもたちの興味から死を遠ざけたいのは、おそらく私の方に準備ができていないからだろう。子どもの方はおそらく、ニュートラルに死を話題にできる。しかしそのニュートラルなところが、私を怖がらせるのかもしれない。

◇孤独感や疎外感に対して、どのように対処すべきか。いい歳をして自分は無条件に世の中に受け入れられているという感覚に支配されている人には絶対なりたくないが、孤独感や疎外感に支配されながら生きていくのは厳しい。もちろん人は本来的に孤独であるが、それを覆うヴェールがあまりにも薄過ぎるのは辛すぎる。
 古谷実の一連の作品は、その孤独感や疎外感との距離の取り方を描き続け、作品を重ねるごとに結論や決意がより豊かで複雑なものへと深化していく。その意味ではやはり連作であるが、とはいえ、微妙にやはり『シガテラ』までの作品とそれ以後ではアプローチが異なる。
 『グリーンヒル』を除き、『シガテラ』までの作品は、孤独感や疎外感を童貞のキャラクターたちに纏わせることによって、恋愛やセックスという行為が孕む可能性を示して見せた。しかし『グリーンヒル』と、『わにとかげぎす』以降の作品においては、恋愛やセックスの可能性をある意味で無効化し、それ以外の方法で社会とどう繋がるかを思考している。

◇自分が社会の外に押し出される感覚を、必死になって忘れようとしているのが今の状況だろう。
 それは裏返せば、すぐに外側に弾き飛ばされる危機感を強く覚えていることでもあり、ある意味では自分の倫理性を問う絶好の機会でもある。しかしなぜか、その危機感を忘れるべく、殊更に自分は社会の内側にいる人間であると言い募る。そんなのばっかり。

◇たとえば家族というのは本来、別種の社会であるはずなのだが、社会や世の中はひとつしかないと思い込みたい人は、家族もまた、社会と同様の「ふつう一般」のものでなければならないと言う。言い換えれば、社会が複数並行して存在するということに耐えられない人だ。
 そして、社会がひとつであるという圧力を受け、日々息苦しさを覚えながらも、しかし自分自身もその空気に加担してしまっている「女子」の苦悩を描いているのが東村アキコ東京タラレバ娘』である。

◇童貞ではなく女子というキャラクターに、社会からの疎外感というか、疎外されたらどうしようという不安を纏わせるこの作品は、仕事、友達同士の連帯、恋愛、セックス、そして結婚に至るまで、どのように疎外感を忘れられるかに必死だ。
 この作品における主人公たちは、かつてはイケてた女性たち。言ってしまえば、社会は単純にひとつだと思っており、その中心に位置していると思っていた人々だ。そんな彼女らが段々と、社会の外にはじき出される危機感を覚え、気付けばルサンチマンの権化となっていることを自覚する。だからこの主人公の女子たちは、ほとんどのシーンにおいて極めて差別的にふるまっていて、自分は彼らとは違うと主張したくてしょうがない。しかしその一方で、そんな女子的醜悪さを誰よりも自覚してもいる。だから苦しいのだ。
 彼女らは最終的に、今まで単一だと思われていた社会のなかに、自分たちだけの社会を用意することによって、世の中全般と前向きに関係を切り結ぼうとする。童貞と違って、もともと彼女らには、単純に恋愛やセックスをするだけで何かが変わるという幻想がない。しかし「幸せ」というのはイコール結婚のことであるという、極めて偏狭な世界に追いやられて生きている。年頃の女性が複数人、気楽にだらだらと飲んで過ごすことすら許されないこの社会に、いつ押しつぶされてもおかしくない状況に置かれている。

◇今の世の中の状況が、なんとなく童貞から女子っぽい感じに移行しているように見えるのは、結局、不景気だからかもしれない。不景気故の不寛容さが、あらゆる人を社会の外へと押し出そうとする。これまで漠然と、自分は社会の真ん中にいる、社会の外にいる人なんて知らないと言わんばかりだった人たちが、いつしか土俵際ギリギリに追いやられていることを自覚している。
 童貞は、元々社会の外側にいる。童貞の場合、社会にどうやって入っていくかが問題だ。しかし女子の場合、社会からどうやって出ていくかが問題になる。

◇最近、パスワードを失念したまま放置していたAppleIDをようやく復活させることができ、APPLE MUSICを使ってみようと思うのだけども、なんだかうまくいかない。そうこうしているうちにYoutube Musicなるサービスも出てきて、結局何がいいのかわからない。

 動画コンテンツも、一応アマゾンプライムをよく使っているけれど、Netflixはやっぱりかなり気になるし。

午後2時。寝起きの娘の顰蹙を買う。

◇シャワーを浴びて体を拭いていると、着替えを用意していないことに気づいた。娘が昼寝をする寝室に着替えを取りにいくと、娘を起こしてしまった。不機嫌な声で、こないでよ、と告げられた。

◇風邪をひいている。喉の痛みだけがいつまでも残り、唾を飲み込むことすら嫌になるくらいなので、さすがに昨日、医者にかかった。おかげでだいぶ良くなってきた。

◇小学1年生ライフを忙しく過ごす息子は、最近は夜すぐに寝てしまう。たまに宿題をやる力が残っていないこともあり、そういうとき、翌朝は5時〜6時くらいに起きて宿題をすることにしている。
 今朝も5時半に起き、3つの宿題をこなして学校に行った。朝は不機嫌だし、朝食までにすべて終わらせなければいけないという焦りから、よくひとりで泣いている。私など、だったらやらずに学校に行けばいいのにと思ってしまい、つい提案してしまうのだが、息子はそれを聞くと余計に怒り出す。この生真面目さはおそらく妻に由来すると思う。私は宿題をしないで学校に行くような子どもだった。
 しかし息子は宿題の準備をしながら、筆箱がないと言っては怒って泣き、私がランドセルの奥から筆箱を出して見せると、今度は消しゴムがないと言っては怒って泣く。これは本当に学校で落としたようなので、私の消しゴムを渡しておいたのだが、こういうすぐにものを無くしたりする部分は私由来だろう。妻曰く「忘れ物や落とし物などした記憶がない」らしい。たしかにそういう子どももいる。
 忘れ物や落とし物をしてしまうくせに、そういう自分に対して憤りを覚えるという、極めて難儀な生真面目さを持っている息子は、しかし漢字や計算カードを毎日やっているうちに、苦手なものもだんだんと克服していく。できなかったことができるようになる快楽を、息子なりに感じていてくれればいいなと思う。
 図らずも朝起きて勉強をする習慣もついてきていて、息子としてはそれも少し自信につながっているようではあった。「おとうさん、また明日の朝も、いっしょに勉強したい」と言われた日には、私も徹夜明けの頭で息子の計算に付き合ってしまう。

◇いつまでも遊んでばっかりではいられないので、来年は仕事の方も忙しくする予定。というか実は、今年は息子が小学校に上がり、来年は娘が幼稚園に通い出すので、いよいよ遊んでくれる人が少なくなってしまう。
 妻と計画していることと言えば、中本に北極を食べに行くことくらい(近所に中本がないので、ずっとセブンのカップ麵で我慢していた。あれも再現性高くて優秀だけれども)。北極代に限らず、いろいろと資金的な準備もしなければならないし、ということで、宵越しの金は持たねえスタンスはついに今月で終わりになる。12月〜4月までの直近の資金繰りは計画したのだが、その間に5月以降5年分くらいの計画は練っておかなきゃいけない。
 ただ、時間を取って家族と過ごしながら、はじめて気付いたこともある。料理のレパートリーも少なく、部屋の掃除が苦手な自分にも、僭越ながらそれなりに特技があるということだった。今後もそれを生かすためには、やっぱりある程度家族と過ごす時間は死守しなければならない。
 できたら息子娘が小学生のうちは、勉強は充分見ておきたいし、家族をダシに、自分もいろいろな経験をしておきたい。仕事でいろいろな経験ができることは知っていたが、家庭でも本当に多くの経験ができるというのは、正直に言って、実際に体験してみなければ見えなかった。

◇昨今のニュースに触れると、この国において仕事と家庭の両取りというのはかなり贅沢なことのように見えるし、実際かなり困難な部分も多い。そして今後はより大変になるだろう。私は不況しか知らずに育ったが、貧しくなるというのはおそらくこういうことなのだと、身をもって実感している。
 すべてに無関心でいることが賢いふるまいであるような、そんなシニカルな態度が蔓延している。図体ばかりが大きく、中身がどこまでも幼稚なやつにはなりたくもないし、家族にもなって欲しくない。ただ、あまりにも貧しいこの環境では、無力感ばかりが大きくなり、いつシニカルな態度に転落するかわからない。そんな不安も抱えながら、しかしそれを不安と認識できていることに、いまのところ安堵はしている。自分の手の平を見つめる感じだ。

◇私は小学生の頃、全校生徒で避難訓練などをしているときに、よく手の平を眺めていた。みんなで同じ方向に向かって歩いていると、どこからどこまでが自分なのかわからなくなり、そういうとき、決まって私は手の平を見つめた。

◇KID FRESINO - Retarded。

 今年、まだ春になる前に雪の新宿を映したCoincidenceがすごかったけど、それの続編というか前日譚のような作品。ひたすら歩くフレシノ=ひたすらラップするフレシノの姿。今年いろいろと起きた日本のヒップホップミュージックシーンに絡めて考えても、とても実直で前向きな姿勢にも見えた。

◇もう9月のことになってしまうが、ゴードン・マッタ・クラーク展に行ってきたときのメモを残しておく。
 ストリートのものを美術館に置くことの不自然さをよく心得ていて、美術展というよりは博物館のような展示になっているところに、好感を持った。

◇展示自体はきわめてシンプルに、「裂け目」が一貫したテーマになっていた。
 パーテーションになっている布と布の間をくぐって、次の展示に向かうようになっていたりして、明解で見やすく、その意味ではマッタクラークな展示だった。
 冒頭がsplitの記録をはじめとする写真展示だけれども、見て進むうちに、ああ、あれは切断という行為より、その裂け目からどんなものを見せるかがメインだったんだろな、ということが段々とわかってくる。建築物のくり抜いたところから別の空間がいきなりどーんと登場する。別の用途や文脈をもっているものが一葉の写真に収まることで、複雑さ・異様さが現れる。ラップでいえば韻を踏むようなもので、文脈が乗り換えられる瞬間が記録されている。つまり裂け目。

◇映像作品についてもメモっておくと、普通にストーリーがしっかりあり、それも割としっかり映していくので、ひとつひとつ結構な見応えがある。『チャイナタウンの覗き見』も、クローズアップした窓に唐突に人々の生活感が現れたりする作品だけれども、普通にその様子を、映像のドラマで映しとっていて、映像作家だなあという印象。
 その流れの集大成が、やっぱり『fresh kill』だろう。『シンドラーのリスト』の赤いワンピースの女の子さながらに、ひとつの赤いトラックがスクラップされるまでの過程を追っていく。「トラック」と「ゴミ」というそれぞれ別の役割を持ったものの、ちょうど中間を描くことに躍起だったりする。
 そんな展示のストーリーを追っていった先に、ラストの『food』が連なる。これは綺麗なオチとも言えるが、しかし正直少し異質な印象もあった。もちろん、都市のバラバラな文脈を持った人々が集うレストラン=都市の裂け目、とか、本来たべものでなかったものがたべものになる過程とか、そういう意味では完全に一貫性はあるけれども、このfoodだけ、なんだかやたらとチャラい。言ってしまえば「フツーやん」てことなんだが、ここだけそれ以上の面白さが見つけられないままだ。

午前11時。バッタのジャンプを追いかける。

◇やっとのことで捕まえて、娘に見せようと手を開いた瞬間、やっぱりバッタは手のひらから逃げてしまった。娘はバッタをハッパと呼び、しばらくその辺を探し回っては別の葉っぱをちぎっていた。

◇こういうとき、娘はあまり物怖じしない。同じ年の頃、息子は大抵、私の後ろに隠れようとしたものだった。そして私も元来、虫や魚を素手でつかむのができない方なのだが、子どもたちと遊ぶうちに、いつのまにか抵抗なくつかめるようになっているのに気付いた。

◇近所の用水路にザリガニが出没し始めた。夜になるとカエルの合唱は聞こえるけど、オタマジャクシはまだ見当たらない。そろそろ水遊びが気持ちいい季節。

多摩川沿いに住んでいるにもかかわらず、これまであまり川で遊んでこなかった。私の住んでいる地域周辺の川は水質が良く、鮎やうなぎを釣って食べている人も結構いるらしい。物好きな人は、オイカワやウグイなどのハヤや、モロコ、カジカなども食べているようだ。それを知ってから、急激に川釣りがしたくなった。

◇日曜日、いつも通り京王線途中下車の旅で多摩センターに行った後、私と子どもたちの三人は休む間もなく近所の浅川へ遊びに行った。
 浅川は、八王子から日野へと流れる川で、私の家のすぐ近所で多摩川と落ち合う。数日前に息子とピアノの習い事帰りに発見したちょうどいい浅トロがあったので、そこの近くでプライベートビーチもしくは秘密基地っぽい雰囲気を楽しみながら水遊びをした。ついでに釣り糸を垂らして遊んでいると、小さなオイカワが釣れた。少し遠く、下流の方に目をやると、ぴちぴちとライズしている様子が見える。
 いくら浅いトロ場とはいえ、兄妹のそばを離れるわけにはいかないので、残念ながらオイカワのポイントに行くのは見送る。結局釣れたのはその1尾だけで、リリースするか迷っていると、息子が遠慮がちに小さな声で「連れて帰りたいな」と言う。あまりものを欲しがったりすることのない息子だが、どうしてもというときは、たまにこうして“遠慮がち”に“小さな声”で希望を伝えてくる。小さなオイカワを丁寧に連れて帰って、家で留守番している妻に自慢した。あとそれから、食べることにした。

◇私がオイカワを絞めたり内臓を抜いたりしていると、息子は、生きた魚を見るのも、調理して食べるのもはじめてだとしきりに話し、おっかなびっくり見ていた。生きた魚を見るのははじめてではないはずだが、おそらく水族館だとかペットショップだとか生け簀だとかにいる魚と、川から釣ってきた魚というのは、感覚的にかなり違うということなのだろう。
 果たして6センチほどの小さなオイカワは、片栗粉をつけて揚げたためにめちゃくちゃ小さくなり、それをさらに家族4人で分けることになった。ただ、それでも淡白な川魚の味がして、とてもおいしかった。
 ここに住んでからそれなりの時間が経つわけだけれども、この場所に住んでいる実感がようやく沸いてきた。

◇翌日の月曜日。オイカワのポイントをみすみす見送ったのが悔しくて、仕事前に少し釣りに出た。
 鮎の解禁直後だからだろう、平日にもかかわらず釣り人の姿が結構あった。自分は安い万能竿で、1時間弱でオイカワ9尾+小さなカワムツ1尾。なかなかいい感じだった。絞めて、冷凍保存だけしてから仕事に出た。
 仕事も打ち合わせ一本だけ終えたら早々に切り上げ、夕食に間に合うように帰宅した。冷凍庫から取り出して自然解凍したオイカワを調理したが、やっぱり獲れたての方が処理しやすかった。カワムツかと思ったのは実はオイカワだったかもしれないが、正直揚げてしまうと全然わからない。おいしいはおいしいけれど、もう少し調理のバリエーションがほしい。いろいろ挑戦してみようと思う。

◇先日、ONE MEKONG MEETING VOL.1というトークイベントに行ってきた。stillichimiyaのYoung-Gがタイを歩きながら発見したアジアのヒップホップを中心に、MMM、空族のふたり、Soi48のふたりを交えてこの辺の現代ダンスミュージックを紹介するというもの。wi-fiが強い環境下では、youtubeが音源チェックのインフラとして確立して、ミュージシャンたちはライヴで稼ぐという。チャンス・ザ・ラッパー方式がやっぱり健全なんだろうなと思う一方で、とするならば、いわゆる音源制作というものにはビデオ制作という側面が強くなってくるのだろうとも思った。コンサートホールの誕生からレコードに至る流れは、雑多な情報のなかから音のみを取り出す情熱によって成り立っていたわけだが、youtube以降は映像と不可分な音楽の領域が、再び力を強めている。もちろんゴダールについて考えた方がいい気はするけれど、その前に、なんとなく『家族ゲーム』の方を考えなければならない気がしてきた。

◇ONE MEKONG MEETINGで知ったやつ。YBg - ให้โอกาส (Official Music Video)。全体的にDRAMのBroccoliにも似てる。かなりイマドキ感があるとともに、sushiboysとの共通点も。


午後1時。ひげをぶつける。

◇お昼寝をしに寝室に行った娘が、なにやらあごをぶつけて泣いている。どこが痛いの?と妻に聞かれて、不機嫌そうな声で「ひげ」と答えていた。

◇ブログが滞り過ぎ。書き留めなければどんどん忘れてしまう。

◇昨年末辺りからぶらり途中下車な感じで商店街散策に行っている。久々の旅で、今週は桜上水に行ってきた。レギュラーメンバーがひとり欠席して、息子と娘と私の3人チーム。
 息子は店に入るでもなく、ひたすら商店街を歩くのが好きなようで、今回は「八王子ではなく新宿方面で」「しかし笹塚や明大前といった特急・準特急停車駅ではないところで」といったオーダーがあった。前に代田橋に行ったことがあり、そのとき私たち両親はあまり楽しめなかったが、息子は結構楽しかったようだ。今回の桜上水は、代田橋に似て駅から少し出ると国道と高速道路が走っている。そのとき気づいたが、息子は商店街が好きというよりも、駅によって異なる表情を見せる「駅前」が好きらしい。
 私は私で、最近、街中のタグを見つけて写真に集めていて、桜上水は結構よかった。ひとつ、デザインとしてはほとんど凝ったところのない書き文字のタグがあって、それを写真に撮っている私を見ながら、これはなんだかほかのやつとはちょっと違う感じがする、と息子が言う。
 ひたすらタグを探して歩く私と、駅前を散歩する息子の後をついて、娘はニコニコと歩いていた。歩きながら、ずーっとしゃべり続けている。散歩をしながらおしゃべりをする姿は、これはもうひとつの完成形なのだろうなあと思う。

キャスリン・ビグローデトロイト』。がっつりビグロー印ではあるんだけど、“ソウルパワー”がはみ出てしまっていて、これまでのビグロー作品とは違った感触が残る。

◇言ってしまえば、ビグローのどこまでも醒めた視点とソウルミュージックの力強さの対決がこの作品の中心的なやり取りになっていて、ここにはビグローの白旗も、ソウルミュージックの白旗も同時に描かれていたと思う。
 これまでお仕事人間ばかり描いてきたキャスリン・ビグローの作品らしく、今回もやっぱりお仕事人間としてのソウルシンガーが出てくる。
 いわゆるワークソングから派生したとされるソウルミュージックにとって、コールアンドレスポンスは重要な要素だが、そこに照らして考えるならば、このソウルシンガーは常にコールしかできない。レスポンスを常に待ち続けるソウルシンガーだ。

◇現実につぶされないための歌声は、ある種の力強さをたたえるけれども、ひっくり返せば無力感をも漂わせてしまう。劇中しょっちゅう鳴り響く「リバーヴのかかりまくったモータウンサウンド」に象徴的だが、つまりソウルパワーの無力を暴くことが、この作品の一種の狙いになっている。
 ラストのゴスペルシーンにおいては、レスポンスという(神の)声を待つためにこそ、コールとしての歌声を響かせるべき、みたいな結論を提出したようにすら見える。あるいはラストから連なるエンドロールの前半までは、ゴスペルからヒップホップの連続を示すようにTHE ROOTS『It Ain't Fair』がかかるのだが、後半、作品のミュージッククレジットを流す段になると、不協和音やドローンが多用される音楽に変わり、そのままエンドロールも終わっていく。ベタに言いたくはないが、それは「音楽は無力だ」的な指摘に近い。
 音楽は僅かな抵抗としてしか機能できないかもしれないし、かといってそれはもちろん素晴らしく気高い決意でもあるのだけれど、それじゃああまりにもあんまりだと言いたくなるような現実が、この作品ではがっつり描かれている。

◇過去のビグロー作品を引くならば、例えば『K19』で描かれた「酒を酌み交わすシーン」が、一見デトロイトソウルミュージックに対応しているようにも見える。赤ワインの乾杯も、ウォッカ献杯も、どうにもならない現実に「我々は酒を飲むしかない」的な。
 確かにその意味では、それを真っ向からがっつり指摘された時点で、そして、50年前のアルジェ・モーテル事件から現在まで、それがそっくりそのまま、全く変わっていないという時点で、ソウルミュージックの白旗が描かれているとは思う。けれど、ソウルミュージックの力強さが、作品内から突き抜ける瞬間も、実はちゃんと描かれている。
 ソウルシンガーの歌声が普通に評価される瞬間が、二回ある。一回目は、女の子をナンパするシーン。もう一回目は、取り調べ中の祈りのシーン。
 いずれも、その歌声のなかに「真実」を聴き取る人物が描かれていて、劇中、数少ないコールアンドレスポンスが成立した瞬間になる。それを安易な感動に落とし込むどころか、一種の皮肉として配置する演出はさすがだけれど、あれはやっぱり驚異的な瞬間が描かれているのではないか。
 このふたつが対比されながら描かれているだけでも、現実的な抵抗としての音楽の可能性が示されていると思う。

The Roots -- It Ain’t Fair (feat. Bilal)

ECDが亡くなって、FEBBの訃報が届く。個人的にも、つい最近知り合ったばかりの人が亡くなったりするなど、なんだかすべてが早過ぎる。2018年。