午前8時。ザリガニを逃がす。
◇もういやだ、と妻が言った。
◇昨日は今年初めてのザリガニの脱走劇があった。
「ザリガニって7匹?」という声で目覚めてバケツの前にいくと、たしかに片腕のやつがいない。食べられてしまった説も疑うが、残骸はまったく見当たらない。いくらなんでも一晩でここまで証拠が消えることは考えにくいので、脱走したのだと推測した。
脱走経路はおそらくエアレーション用のホース。片腕で懸命にホースをたどっていく姿を想像し、感心しながら家を出て自転車置場に向かうと、妻が窓ごしに怯えた声を出す。洗濯物のなかから片腕のザリガニが出てきたと言って、私のTシャルにくるまれたザリガニを見せる。Tシャツとともに洗濯されてしまったのか、それとも洗濯後にちょんと乗ったのかわからないけれど、元気な様子でひと安心。脱走への執念に敬意を表して、近所の用水路まで運んでいった。
◇翌日、明らかに妻の怒った声で目を覚ます。バケツのザリガニが6匹になっているらしい。
もう洗濯物のなかから出てくるのは嫌だという。見るとザリガニの殻があり、1匹は脱皮をしたようだった。よく見るともう1匹分の尾があり、おそらくそれは食べられてしまったやつなのだろう。脱走ではないから大丈夫だ、と話すが、妻は共食いなどもいやだということで、体の小さい1匹だけ残して、雨のなか5匹を放してきた。
◇帰宅すると娘がバケツを覗き込み、ザリガニはどこへ行ったのかと言う。経緯を話すと少し残念そうな声を出すが、兄が「でも1匹いるからいいよね?」と妹を諭す。
◇用水路が流れる近所の公園で、美しいトンボを捕まえた。
FBに上げるとハグロトンボだという指摘を受け、ググってみると数年前の記事に当たった。記事には「都内では絶滅危惧種に指定」とあり、また「多摩川流域に生息している」という記載も発見した。
2日後、高幡不動駅から自宅まで、程久保川沿いを自転車で走っていると、ハグロトンボを4〜5匹発見した。ハグロトンボを知ったことで、新しい目を獲得した気分だ。
◇勤務先の社長にdodoの新しいビデオをおすすめしたら、思った以上にどはまりしていた。
社長は立川生まれの多摩区育ちで、南武線に対する愛憎入り交じる思いがあることは前々から聞いていた。南武線はおそらく彼の地元の具体的なイメージであり、だからdodo『nambu』を見た直後、ヒップホップのことはよくわからないと話す彼に、迷わずリンクを送りつけたのだった。
◇dodo『nambu』。
youtu.be
◇SCARSしかりBADHOPしかり、磯部涼『ルポ川崎』で語られている通り、川崎は日本のヒップホップにおいて重要な意味を持つ土地である。
『ルポ川崎』の続編とも言えるインタビューに登場したdodoは、川崎中原区のラッパーとして、北部と南部の中間で揺れ動く川崎を体現しているように見えた。が、しかしいまこのビデオを見て思うのは、そのどちらでもない街が描写されているということだった。
いわゆる川崎サウスサイドとは京浜急行の川崎であり、ノーザンソウルは東急田園都市線であり、北部的なイメージを託された武蔵小杉は東急東横線である。川崎の北部というのは東急が作っているそれであり、つまり磯部涼は武蔵小杉という土地の歪みにdodoを重ねることになるのだが、今回のビデオではっきりと、dodoは武蔵中原を立ち上げる。二ヶ領用水、中原街道、富士通、そして南武線。川崎には、京急でも東急でもない、南武線も走っているのである。
俺は旅立つよ この街から
もう興味は無い ゲームの勝ち方
ありがと南武線 川崎立川
この街を出る この街を出る
あの日の景色 君との歴史 全てがレシピ
yea 憶えてるいつも あの日の傷と
この街の水を
南武線は、川崎(=横浜じゃない方の神奈川)と多摩(=23区じゃない方の東京)を結ぶ路線で、かつては多摩川の砂利を運搬し、現在はメーカーやIT企業が立ち並ぶ(参照:SNSで話題「トヨタの南武線沿線の広告」が生まれた理由と、目を留めてシェアしてもらうための工夫 | AdGang)。サグにせよハイソにせよ、あるいは武蔵小杉駅周りの再開発のイメージにせよ、近年の川崎は非常に活気に満ちていて、ヘイトスピーチへの罰則条例を可決させたダイバーシティの街というイメージさえ兼ね備える。
ただ、dodoの打ち出した街のイメージはもうちょっと広く、そして時間的に長い。彼の地元武蔵中原はもちろんだが、多摩川を超えて府中から谷保までも射程に含んでいる。言ってみればそれはつげ義春の稲田堤・調布、忌野清志郎の谷保・国立のことである。
川というのはつまり溝であり、そこに針を落とせば音声をプレイできる。dodoはそのことをよく知っていて、街を流れる水の記憶を再生する。
◇近年、イサーンの音楽シーンをディグりまくることでおなじみsoi48や空族、STILL ICHIMIYAの人たちが、メコン川流域のカルチャーに着目してOne Mekongと呼んでいるけれども、その感じでこの多摩川流域を見てみてもなかなか通用する。多摩川の橋脚とか土手沿いとかのタグ、立川と川崎で見かけるのが多い気がする。移動手段多分原チャリとかなんだろう。
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