web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

SALU『IN MY SHOES』

聴いてるうちに、これはラップ曲というよりヴォーカル曲と言った方がしっくりくるような気がしてくる。ラップは、自らの身体を強く感じながら歌われるものだと思うからだ。自己と他者の区別を取り払おうとする歌唱とは逆のアプローチ。 「字足らず字余りがグ…

ラップ論メモ5 大谷能生×大和田俊之『ヒップホップ・ブックカフェ』(http://snac.in/?p=1922)から

◇昨日は大谷能生×大和田俊之『ヒップホップ・ブックカフェ』というイベントへ(→http://snac.in/?p=1922)。最終的にはヒップホップの話は少なめだったけれど、アフロ・フューチャリズムという独特の時間概念を、デューク・エリントンの『A Drum is a Woman…

午後9時。風呂にこだまするあの攻防戦。

◇顔を濡らされた息子が、水面を叩いてやり返す。◇離乳食には色々と段階があって、現在は初期の初期、日に一度だけおかゆを何口か飲み込む。息子は新しい食生活にはまだまだ慣れない様子で、おかゆを口に入れるたびに渋い顔をする。まだまだ子供だ。 当然のこ…

午前1時。寝室の外、夜中の音。

◇もう月曜日になってしまう。◇3月11日から息子は6カ月目に入る。なんとなくおすわりもできるようになってきている今日この頃だが、本日はついに離乳食に挑戦したのであった。以前から両親の食事を涎を垂らして眺めていたので、さぞかし今日を待ちわびて…

ラップ論メモ4

◇ラップのフロウについての菊地成孔氏の考察が面白い。もっとも、これは氏が以前から『憂鬱と官能を教えた学校』などでも言及しているリズムの訛りの問題で、特別目新しい更新があったわけではない。けれどもラップという日常口語に近い表現形式を例に取ると…

ラップ論メモ3

ヒップホップとラップは違う、ラップは単に歌唱法を指すに留まり、ヒップホップは文化全体の総称である、といった見解は、もう大分広まってきたんじゃないだろうか。この見解自体に全く異論はないが、するとラッパーというのは一体何なのだろうという疑問も…

zeebra vs.伊集院光

今更だけど、zeebraと伊集院光のビーフについて、ちょっと触れておきたい(→http://togetter.com/li/260648)。ヒップホップ側から読むと、ジブさんの態度には相当の疑問が残る。 何かについて必死になっている人間を嗤う態度について、ジブさんはそれを、出…

RauDef vs.zeebra

◇RauDefとzeebraのビーフは、なんとも馴れ合った感じで終わってしまって残念だった*1。そもそも、ビーフにおいて明確な勝敗が決するというのは結構難しく、強いて言えば、ラッパーがヘッズのプロップスをどのようにして集めて勝ちを得るか、ということになる…

SEEDA vs. verbal

ところで、かつてseedaとverbalがビーフに発展しそうでしなかったということがあった。返す返すも悔やまれる幻の対戦だけれども、この件について語るとしたポッドキャスト番組では、両者のdisの捉え方の違いが如実に顕われていた。 これは全くの推測だけれど…

ラップ論メモ2

メモ。語りは、普段使いの言葉を駆使しながら、ひとつの連なりとして持続することによって完結した時間をこの場に再現してみせる。そのとき僕らは、唇から放たれた声の音色、リズム、音の高低に意識的である。演説も歌も、本質的な違いはない。 メモ。全ての…

J・J・エイブラムス『SUPER8/スーパーエイト』

昨日は、会社帰りに待ち合わせて妻と映画。『super8』を観てきた。 『未知との遭遇』を観た直後だったせいもあるし、そうでなくとも実際、意図的にわかりやすく示している面もあるんだろうけれど、細かいシーンの端々から、確かに引き合いに出して語られてい…

ラップ論メモ1

いわゆる歴史の話を聞くと、なんだか自分と切り離された物語を見ているような気分になる、というのがまあ正直なところだろう。流れていく時間の一部を自分が担うというよりは、大文字として記録されるべきひとつの時間が流れていて、それはこの社会を築く主…

テレンス・マリック『ツリー・オブ・ライフ』

上映期間も終わりかけの時期に駆け込んだ。そのときはまだアラザル用原稿を書いている最中だったので、どうしてもそっちのテーマに惹きつけて観てしまう。つまりこれは、時間を自分のものとして掴む映画だ。 生命の起源を語る映像の連続は、一歩間違えればや…