web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

午前6時。二度寝のクリスマス。

◇サンタクロースからの贈り物に沸く。時計を見たら6時だった。就寝してからあまり時間が経っていない。

◇息子にはニンテンドースイッチ。初期設定やらを手伝ったりする。息子は最近ずっとマインクラフトの話をしていた。学校でマインクラフトを持っている子たちの話に入り、そこで仕入れた知識を私に開陳するのである。今朝の喜びは大きかっただろうが、その分ちょっとしたことがすぐがっかりに変わる恐れもある。コントローラーをつけたはものの、外し方がよくわからない息子は、壊してしまったのではないかとずっと心配していた。しかしそれにしても、マインクラフトを持っている友達の輪のなかで、これまで息子はどんな話をしていたのだろうか。
 娘には生まれてウーモ。ウーモは卵に入ったぬいぐるみで、温めているうちに自ら殻をやぶって出てくる。息子のスイッチの初期設定が終わり、私は再び少し寝たのだが、そのとき娘は大事そうに卵を温めていた。ほどなくして、今度は妻から起こされる。生まれてウーモが生まれない、と。娘以上に妻ががっかりしていて、私は娘に、おかあさんがっかりしているから、大丈夫だよって言ってあげてと伝えておく。娘は妻の隣に行き、大丈夫だからね、と肩をさすってあげていた。

◇ウーモは通常20分程度、長くて40分くらいで孵化するという。かれこれ2時間くらい、卵は歌って光るだけである。「ウーモ 生まれない」などと検索しながら情報を集めると、ウーモは底の部分を温めながらよく撫でてあげるといいらしい。ストーブの前において、光る卵をさすり続けた。会社には生まれてウーモが生まれないので遅れますと報告した。ふと思ったのだが「温めながらよく撫でてあげるといい」という情報を掲載していた個人ブログには、同時に「ウーモは無理やり殻を破ろうとすると死んでしまいます」とも書いてあった。「温めながらよく撫でてあげるといい」というのが、どこまでどういう意味合いで必要なことなのか、ちょっとわからなくなってしまった。

◇年末はここ数年、ずっと忙しい。

◇今回もMiseColvicsさんのところで、日本のヒップホップのベストを選出させていただいた。大変ありがたい限り。2019年ベストアルバム、2019年ベストアクト、2015-2019年ベストアルバムの3つになるので、よろしければご笑覧ください。

◇2019年は、日本社会が落ちるところまで落ちた年だ。三歩進んで二歩下がるどころか、世の中は悪化の一途をたどった。賢くなろうとする意志が徹底的にコケにされ、正しさを極力考えないことでしか生きられない世の中になっていく。嫌気がさして無力感に囚われることは、結局そういうやつらの仲間入りをしてしまうことになる。無力感に陥らないように、毎日粛々と、より良く、より賢くなろうと生きるしかない。
 ただ同時に、今年の最後にはどこまでも励まされるニュースが飛び込んできた。川崎市のヘイト罰則条例が全会一致で可決し、そのすぐあとには伊藤詩織氏の主張がほぼ認められる形で東京地裁の勝訴判決が出た。外国人、女性差別に関わる人だけでなく、日常的に暴力に晒され、存在を否定されつづける人々にとって、これほど勇気づけられることがあるだろうか。川崎市議会や東京地裁は、人間が生活を送るうえで当然のことをしたに過ぎない。しかし、自分より弱い人間を見つけて殺すことでしかーーつまり差別化によってしか自分の存在を担保できない人間ばかりの世の中で、あらゆる人を人間と認定してもらえることがどれほど心強いことか。

◇社会が馬鹿になろうと関係ない、俺は俺で賢くなる。そういう態度を取りたくなることは心情的にはわかる。しかしそれでは結局、社会に殺されてしまう状況は変えられないだろう。社会全体で賢くなることが、結果的に個人を、自分の身を、相手の身を、あらゆる人間の身を、守ることになるのだと思う。

◇2019年は、さまざまな最悪が底を打ち、潮目になる年であってほしいと思っている。そんなわけでの2019年ベスト選出である。2019年ベストアルバムの1位はMOMENT JOON『Immigration EP』。2015-2019年ベストアルバムの10位にもこの作品を上げさせていただき、1位にはECD『THREE WISE MONKEY』を入れた。逆にするか迷ったが、我々はやはり、ポストECDの時代を生きている。MOMENTからECDまでの間が、この5年間であるのだと、ひとまずは考えてみたかった。
blog.livedoor.jp
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 ところで、記憶違いだったら申し訳ないが、たしか2006年か2007年頃だったと思う。あるラジオ番組である学者さんにメールで質問をしたことがあった。ネット上の匿名掲示板などで朝鮮韓国籍の人々への差別表現が垂れ流しになっている状況だが、現実的な暴力に発展する可能性はないですか?と。回答は楽観論で、現実社会でそんなことを言っても相手にされないから大丈夫だろう、というものだった。学者さん云々は置いておくとして、その回答はそれほど驚くようなものではなかった。当時はみな、大体そんな程度の認識だったからだ。しかし直後、在特会が出てくる。現実社会では差別発言が当たり前になってくる。そのうちにヘイトスピーチという概念が出てきて、先日の川崎の条例に結びつく。しかし、あれから10年以上が経過しているのである。日本社会はこの10年、差別に荷担しつづけてきたとしか言えないんじゃないか。
 今年のベストアルバム1位に選出したMOMENT JOON『Immigration EP』は、精確に言えば2018年12月20日発売のアルバムである。私はーーあってはならないことだがーー、このアルバムの存在を今年1月に入ってから知った。ルール的に2019年ベストに入れるのははばかられたが、しかし配信開始は2019年5月だったということで、ちょっとずるだが、強引に入れてしまった。ここ数年がどんな年だったのかが、このアルバムに切り取られていて、そしてその延長に2019年はあったからである。
 法務省出入国在留管理庁による難民の不当収容や集団リンチなど、信じがたい出来事が起きていて、それがすでに周知の事実となっている。にも拘わらず、まるでそんなものがないかのように、来年には東京五輪が開催される。『Immigration EP』には、その気持ち悪さが丁寧に落とし込まれている。ラップというメディアに、個人の日常生活の雑感が乗る形で、移民としての日常がスケッチされている。

◇つまり今回のベスト選出は、ラップないしヒップホップというメディアに何を乗せているか、という視点で行っている。ラップで何が描けるのか、という言い方でもいい。メディアとしてのラップ/ヒップホップの広がりを観察したかった。かなり色々な方向に延びていて、聞き返しながらの選出作業は非常に楽しかった。
 やはり個人的に一番面白かったのは2位のJuu & G. Jee『New Luk Thung』。メコン川は世界でも有数の巨大な三角州を持つ河川だが、今年の11月の報道によると、タイ東北部ではダム建設と干ばつによって水量を大きく減らしているという。その報道の数週間後、関東地方や東北地方では記録的な台風があり、東京でも二子玉などの三角州地域で浸水被害が起きた。アメリカのヒップホップシーンが88ライジングを含みこむとしたら、日本のヒップホップシーンにはOMKというメコン川の流域思考を取り入れる土壌があるのだと思う。
 3位の舐達麻と6位のDos Monosは言わずもがな。いずれも明らかに今年を騒がせた3人組ラップグループだ。ここにパブリック娘。『アクアノート・ホリデイ』を加えて「ヒップホップは第三者の奏でる音楽である」とか言ってトップ10を選ぶ案も浮かんだ。舐達麻もパ娘。もそれぞれにそれぞれの日常を描写するけれど、Dos Monosの場合、リリックは、発話の際に強く「身体」を意識させる言葉選び。トラックの情報量も素晴らしく、人の声とほとんど変わらないくらいグラマラスだった。
 しかしそれにしても、舐達麻『FLOATIN’』の良さと言ったらない。MVで意図が非常によく伝わるが、おそらくあれはTBH『この夜だけは』なんだと思う。気温の低さは、自分の体温を意識させる。自他の区別を明確にし、自分の輪郭がはっきりする。どこからどこまでが自分であるのか、妙に冴えた感覚で振り返る過去のこと。アムステルダムと平岸の夜が突然つながる感覚を覚えた。

 4位MEGA-G『Re:BOOT』は好みから言えば一番好きなアルバム。というか、日本語ラップが自由に言葉を乗せるようになった00年代の空気感をそのまま持続させている。リリックをしたためる筆に力を込めるというよりか、言葉のリズムに自由に体重を乗せる。YOUTHEROCK★からのあの曲は反則に近い格好良さで、そうそうラップって言葉に体重を乗せることだった、と思い出す。
 5位SALU『GIFTED』は、生活の感覚をかなり直截にラップにしたためていて、さらっとした手触りなのにとてもエモーショナル。素直に感動してしまった。SALUの最高傑作なんじゃないかと思ってしまう。7位JIN DOGG『SAD JAKE』は『MAD JAKE』と同時発売の満を持してのアルバムだが、こちらもSALUとは違う形のドライ&エモーショナルがあり、ベタベタしない叫び声がかっこいい。ルックスもラップも、たけし映画っぽい。ラップそのもの魅力という意味では、8位Eric.B Jr.『悪我鬼 - EP』と10位Daichi Yamamoto『Andless』はやっぱり外すわけにはいかなかった。単純にうまいのと、ラッパー然とした振る舞いがすごく自然。というか、この二人をこうして併記してみると、ラッパー像みたいなものが幅広く、そして深くなったなあという印象を受ける。9位VIDEOTAPEMUSIC『The Secret Life of VIDEOTAPEMUSIC』は、これはもう単純に好きというか、音の手触りが軽やかなのに、結構複雑な味わい。その意味ではDos Monosと対になるような豊かさだった。

◇今回のランキング構成だと入れる場所がなかったが、PETZのこれにはめちゃくちゃやられた。

◇ベストアクトの方も、youtubeで見れるもので集めておいたので、よろしければ。
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