web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

よし、メモだ!!

◇今度の『アラザル』には童貞論を書こう。

◇それにしても、いまさらだけど、小谷野敦の『もてない男』は面白い。ていうか、インスピレーションがぐいぐい湧くw。童貞ブームの頂点なんじゃないかと思う。

◇童貞ブームの後にはポスト「童貞ブーム」が来るわけで、これをあえて「ポスト童貞」ブームとして履き違えたまま論を展開しようw。

◇そういえば、「ポスト童貞」を、童貞「以後」と捉えるか、「後期」童貞と捉えるかって話を熱く暑苦しく語っていた彼は、社会学者の卵として道を迷い続けていて(いや、本人は迷っていないと言うかもしれない)、やっぱり童貞なんだと思う。僕はそんな彼が大変好きだw。「後期童貞」という言葉は、僕とくだらないことをぺちゃくちゃしゃべってる間に彼がすぱっと言い放った言葉で、「さすが社会学!(広告代理店的センスがあるね!)」と思ったわけだけど、彼は今はそういう過去を本気で消したいと思っているw。
 そういう、「しょうがない自分」を「まるでなかったことのようにする」という行動によってセルフイメージを理想的なものに保とうとする彼こそ、まさに童貞だと思うってわけさ。

◇「童貞はセックスを超えている、つまり性別を超えている」「世界と自己の関係に、格闘or逃避という行動で接するのが童貞」「“終わらない童貞”という矛盾」・・・以上キーワード走り書き。
 それにしても、乱交か童貞か*1っていう二極分解の発想ほど童貞っぽいものはないよね。

◇ところで、サンボマスターの評価として非モテ的な要素が挙げられているのを聞いたことがある。ある意味「ブサンボマスター」っていうのも、そういった理解の元にあったと思う。しかしそれは「乱交でない=童貞」っていう異様な状況下の価値判断でしかない。サンボマスターが本気でブサンボマスターに怒るのは至極まっとうなことだ。

◇別に不特定多数にモテるわけじゃなくても、特定の人には好いてもらったりもする。本人そう思っていなくても、案外その要素はあるものだったりする。そういう「想定外の幸福」をなぜ見落とさなければならないんだろう。しかも意図的に。モテないということの悲しさと、そしてその悲しさゆえの素晴らしさが、こうした状況ではうやむやにされてしまう。僕は結構イライラしている。

*1:これに関しては、id:nanariさんがこのエントリで鋭く指摘しています→http://d.hatena.ne.jp/nanari/20081115