web版:ラッパー宣言(仮)

ビートでバウンス 唇がダンス

小島よしおとか鳥居みゆきとか

◇最近の「痙攣系」*1芸人を「彼らはあえてやってるんだよ」ってメタ視点で評するのって本質的にわかっとらんと思う今日この頃。

◇お笑いを語れるような立場ではないけれど、てか、そんなこと言ったら何も言えなくなる僕なんですがw、とりあえず僕の妄言を書き連ねると、痙攣ってものが切羽詰った挙句の態度だってことにすんごく意味があると思ってるんです。
 いわば、ボトルネックを越えた先のものを現出させることが芸なんだっていう意思表示なわけで、小島よしおとか鳥居みゆきとかって、まあこの二人を並列させていいかはわからないけれども、まず、単純にそういった構造的な意味で「芸」足りえてると思う。つまり、切羽詰ることから逃げずに受け止めるってこと。
 切羽詰ることを回避してメタ視点に立つ方法っていくらでもあって、ていうか、回避しようと思えばいくらでも回避できる状況になってしまった。いつまでも切羽詰らない場所でどうやって爆笑が生まれようか。そんな切羽詰らないゆえの閉塞感が、彼ら「痙攣系」の問題意識だと思う。まず最初に、切羽詰るっていう状況を自発的に作り出すことが必要とされたってことですね。
 だから、そういう彼らに対してメタ視点に立って評する物言いは全く的を得ていないし、それをやってなんになるって話。小さい子が小島よしおのまねをして喜んでいるように、僕らもその小さい子のようにベタ視点で彼らの「芸」を語るべき。

◇んで、爆笑っていう身体の痙攣反応をどのように生成してるのかよくわかるのが、これ。

◇この動画のすごさを書こうと思ったけど、また今度。

*1:あるいは「憑依」系?